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ポン酢の歴史

ぽん酢の前身は「PONS」と呼ばれ、江戸時代、出島のオランダ商館の食卓に出ていたもので、もともとはアルコール飲料のことだそうです。 (『ポン酢の語源』参照)
当時のオランダ人は夏の暑さを防ぐためにPONSを飲んでいたようです。

江戸時代の蘭学者、森島中良(1754~1810)が著した『中陵漫録』に、こういう記述があるそうです。
哈刺基(アラキ)という酒二合に橙の酢を入れて白糖を加え、煎る事一たぎり、是に水を少し和して飲む。甚だ冷やしてよろし
(哈刺基酒とは、主に東南アジア方面で作られるアルコール度数の非常に強いお酒で、椰子、糖蜜、米などを加えて発酵させたもの)
しかし、日本ではアルコール飲料としては馴染まず、柑橘系の果汁だけを「ポンズ」と呼ぶようになったようです。
当時長崎の人は「ポンズ」を「橙果汁(ダイダイカジュウ)」と訳していました。
日本で「ポンズ」は、アルコールと砂糖の入らない調味料に変化していったのです。
そういう経緯から、昔からぽん酢に親しんできた長崎の郷土料理を代表する卓袱(しっぽく)料理のテーブルの上には、醤油と並んで必ずぽん酢(単に、酢醤油とも言われます)が置いてあり、揚げ物や湯引きなどにつけて食べられています。

そこから波状していったぽん酢ですが、現在の地位に至るまでには、「ミツカン」の存在が大きく影響します。
ミツカンの7代目社長が博多の料亭で取引先と会食した時のこと。
名物「博多水炊き」と共に出されたぽん酢の味の美味しさに魅了され、「なんとか全国の家庭でも、この料亭のぽん酢のような鍋用調味料を味わって欲しい!」と思いたったのがきっかけとなり、ぽん酢の開発が始まりました。
1964年11月10日、「ミツカン ぽん酢<味つけ>」が関西で試験販売され、「味ぽん」の前身が誕生したのです。
そして1967年秋には、「ミツカン 味ぽん酢」に名前を変えて、全国で発売される事になりました。

しかし、関東では、味付け鍋が主流で、つけ汁に親しみがなく、水炊きは知られていませんでした。
この為、ミツカンの社員が鍋の季節の寒い時期、毎日早朝から荷台を屋台に改造した軽三輪車で卸売市場に行き、買い付けに来る小売業者に対して、博多風水炊きを作って味ぽんの試食販売をし、PRに努めたというエピソードも残っています。
その努力の甲斐あってか、今やぽん酢は、醤油と並ぶ日本の食卓に欠かせない調味料となっています。